2016年02月05日

乗鞍高原 

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2016年『カフェ ヒューゲル』営業に関するご案内♫
以下の期間限定にて乗鞍高原の講習会場を開放して『カフェ ヒューゲル』を営業予定です。
まだ具体的な日程は只今検討中ですので、決まり次第ご案内いたします。
営業期間予定日:4月末〜5月のGW期間GW決定終了致しました 
・ 8月のお盆の期間
営業時間:10:00-18:00
それに伴い この期間アシスタントスタッフ募集いたします。
それぞれご希望の条件でご応募お待ちしております。
内容:
@パンの製造&石窯での焼成の補助&接客・販売:1-2名
A製造補助からカフェ運営全般:1-2名
(テーブルセッティングから接客・製造補助・販売など)
場所:長野県松本市乗鞍高原内(自家用車で来ていただける方)
✩アルバイト:通える方 勤務時間帯応相談 (4時間〜8時間)
(時給制)経験に応じ要相談
✩ヒューゲルの1日を密着したい(お手伝い)的な方
 住み込みにて、3食食事付き
(自炊となりますが、食材提供&スタッフ皆でワイワイ食事します)
(謝礼:お土産のパンでいかがでしょうか?)
健康な方、野外での作業になりますので環境に適応できる方
その他ご不明な点は・・・
お問い合わせ先:ブロート ヒューゲル
info@brot-hugel.com もしくはFBの直接メッセージにて
お名前・ご住所・連絡先・年齢・アルバイトorボラバイトの明記の上
お問い合わせください

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posted by info@brot-hugel.com at 13:33| お知らせ

2016年02月04日

ドイツ新聞翻訳版

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パン屋からパン屋へ (上の写真) トルステン・エッケルトさんは,ヘラーラウアー・マルクトでパン屋をやっています.そこで彼は,何か新しいものを,と楽しみながら取り組んでいます.特別な創作品を彼はフェイスブックで公開しています. Hellerau(ヘラーラウ) パンの職人芸への情熱は,一人の日本人とドレスデンを結びつけました.彼らは,実は会長を通して知り合ったのでした. (下の写真) 中川泰照さんは,堅い皮をしたドイツパンに対して強い情熱を持っています.彼の故郷長野県では,ずっと柔らかいものばかりです.トルステン・エッケルトさんから,彼はヒントをもらっています. 記事:ウルリーケ・キルステン 松本とヘラーラウは,実際の世界ではほぼ9,000km離れています.しかしヴァーチャルの世界では,ほんのわずかの距離.もうちょっと言うと,マウスをクリックしてキーボードを打つだけの距離です.昨年のはじめまで,トルステン・エッケルトさんは,日本アルプスの麓にある長野県松本のことは全く聞いたことがありませんでした.今日,12か月戸には,この37歳のパン職人は,(松本の)自宅にいる中川泰照さんに,ほぼ毎日メールをしています.彼ら二人が知り合ったのは,ただドイツパンのおかげだけではなく,会長も一枚噛んでいたのでした.
疑いもなく,パンの世界を象徴する丸いパンがなければいけない.セミナーを開くために,ドイツパン職人協会の会長ベルント・キュッチャーさんはドイツ中で,ドイツパン全般についての変わったレシピを探していた.これは国内でとても大きな影響力があった,ドイツパンを協会は無形の世界文化遺産としたかったのであった.トルステン・エッケルトさんは,ちょっと変わった彼の創作パンの写真を送った,トマト・オレガノ,シュプレーバルトキュウリ,生姜もしくはアマラント・パセリ入りの北海道カボチャ,を使ったパンなどである.何週間も,彼は粘り強く新しい作品に取り組んだ.職人養成課程で,それらは参加者に提示された.魅惑されたのは会長だけではなかった.世界中のパン職人が,フェイスブックサイト上にあるエッケルトさんのパン工房をヴァーチャルに訪れた,中川泰照さんも.一目でそれを気に入ってしまった.それは二人ともである.二人はパン職人の仕事に対する情熱を分かち合った.二人とも自分たちの仕事に夢中だったのである.中川さんは27年前からパン職人であり,東京と長野で働いてきた.2006年に彼は,自分の,小さなパン工房「ブロート・ヒューゲル」を開店した.「15歳の時に,私は初めて堅いパンを食べたんです.その堅さはそれまで知らないものでした.日本では,パンというのは,トーストパンのように柔らかいものなのです.しかしドイツパンは噛みごたえがある,それが素晴らしいんです.」
この日本人は,日々完璧なパンを目指して試行錯誤している.そのため中川さんには休日は珍しい.「パンを焼いていない時は,畑に出ているんです」と47歳の彼は言っている.家の裏で彼は麦を作っている,その麦を彼は自分の工房で加工しているのだ.エッケルトさんはこの日本人とその,バイエルンを思わせるような木造のパン工房に感銘を受けた.「私は,常に新しい考えと製品を探しているんです.特に彼の行っている,そこで軽食として食べられるパンの提供の仕方が素晴らしいと思いました.それは単に,何かをはさんだパンなのだが,食べるということを魅力的に整える術を,日本人たちはわかっているのです.」エッケルトさんにとっては,いまや早起きは,日々のパン焼きのためだけではなくなっています.日本との対話は日課となっています.最初のうち,彼は翻訳プログラムを使っていました.「しかしある時,それは文字や記号がごちゃまぜになったものにすぎなくなったのです」とエッケルトさんは言っています.幸いなことに,中川さんのお店の常連客にドイツ語の教員がいることがわかりました.そして彼は,二人のやりとりの翻訳を手助けしてくれるようになりました.
偶然だが,松岡幸司さんは23年前,ラーデボイルの語学コースに参加した.当時そこにはまだ,ライプツィヒ大学ヘルダー・インスティトゥートの分校があったのだ.初めてのドイツ滞在以来,松岡さんはザクセンやドイツ語だけでなく,ドイツパンも好きになっていたのだ.日本では,ドイツパンは,オクトーバーフェストやノイシュヴァンシュタイン城ほどの知名度はなく,値段も高い.1キロのドイツパンは,ふつう8ユーロ,ケーキ一つ3.5ユーロ,シュトレンは15から21ユーロするのだ.シュトレンを輸入すると,日本では27から38ユーロするのだ.時とともに,レシピやパン焼きの知識の交換から友情は文化交流に発展した.その間に二人ともが,もはやそれぞれの抱える諸問題をチャットで漏らすのではなく,後継者不足,上昇していくパン屋にとってのコストについて話し合うようになった.彼らは9か月経って友人となっていった.「私たちの文化は,とにかくとてもとても異なっているのです.しかし私たちはお互いに有益な関係を持ち,日々お互いに学び合っているのです.」とエッケルトさんは言います.夏に彼が日本のレシピを使って焼いたアンパンは商品の棚には載らなかった.「豆と甘さは,ドイツ人の嗜好では一緒になるのは難しいんです.」とエッケルトさん.最近彼は,日本にいる中川さんにマルファ小麦を送りました,東部ドイツの特産品です.「私が2006年にドイツに行った時,私はミュンヘンのスーパーマーケットで小麦の全粒粉を買い,それで一杯になったトランクを持って帰国したのです.」中川さんは思い出している.

二人のパン職人が本当に初めて会うことが今年に実現します.「もし実現したら,松岡さんと一緒にドイツに行って,トルステンのところでみんなで一緒にパンを焼くことができます.」と中川さんは語ります.「一番好きなのは,サボイキャベツで焼いた 彼のサボイキャベツパンです.最初からすごいな,と思ってますよ.」


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